生まれてきた意味

妻が、「ラジオで流れていたよ」と「僕らが生まれた あの日のように」という曲を教えてくれました。30年以上前の古い曲だとのことで、「そのうち聴くか」と先送り傾向でいたのですが、聞けば、1993年リリースとのこと。なんと我が家の一人娘が生まれた年なんですよ。その上、今となってはレジェンドと言ってもよい7人の一流ミュージシャンが、コラボした曲だそうで、俄然心が動きまして、YouTubeで見つけて聴いてみました。

「僕らが生まれた あの日のように」

一回聴いた時には、「美しいメロディーだけど、歌詞はなんだかぼんやりしてるな」と感じていたんですね。しかしながら、何度か聴いているうちに、徐々に言葉たちが自分の中に入ってきましてね。その意味を噛みしめてみると、曲も歌詞もとても美しい「名曲」だと感じるようになりました。

レジェンドの皆さんの若かりし頃の映像が観られたのもとても嬉しかったです。
ぜひ、下のリンクから聴いて(観て)みてください。

YouTube上に色々なバージョンがありましたが、編集と音がよいので、これを拝借しました。
「USED TO BE A CHILD 2016 Ver. (Fan made) / 僕らが生まれた あの日のように」


この曲は、1992年の厚生省が展開した「ウェルカムベビーキャンペーン」のキャンペーンソングなんだそうです。

このキャンペーンは、1990年の出生率が1.57と当時の史上最低値になったことで(1.57ショックと言われたようです)、「子どもたちが、健やかに育つことができる環境づくり」を目指して打たれたんだそうですが、2024年の率は1.15と過去最低を更新しているとのことですから、キャンペーンで解決できるような課題ではない、難題だということなんですよね。

キャンペーンの趣旨に賛同したアーティスト7人によって『USED TO BE A CHILD(ユーズド・トゥ・ビー・ア・チャイルド)』というチャリティーグループが結成されて、歌われた曲で、当時日本版We Are The Worldとも呼ばれたんだそうです。

7人のアーティストとは、飛鳥涼、小田和正、カールスモーキー石井、玉置浩二、徳永英明、浜田麻里、山本潤子と、今となっては全員が「レジェンド」と言ってもよい一流ミュージシャンです。

作詞・作曲は、飛鳥涼と小田和正。歌詞も曲も美しいはずです。

【作詞・作曲の小田和正&飛鳥 涼】

歌詞の中の次のフレーズが、僕の心にとまりました。
そして、娘が生まれてきた頃のことを思い出していました。

何も疑わない すべて受け止めて
君はここに生まれてくる

我々を選んで生まれて来た

1993年の6月に生まれた娘は、発達障害なのですが、今ほどスポットが当たっていない頃で、検査体制もできておらず、分かるまでに時間がかかりました。

分かった時には、もちろんショックは感じたものでしたが、私と妻はすぐに誓い合ったものでした。
「彼女はきっと我々を選んで生まれてきてくれたに違いない。この家に生まれてきてよかったと思ってもらえるように、愛情を注ごう」と。

実際、彼女が障害を持って生まれて来たことは、コミュニケーションの取り方に苦労することを始め、何かと大変なことも少なくなかったのですが、大変だからこそ彼女から教えられることもとても多く、そして愛おしく、誕生会のたびに(実は日々)「生まれてきてくれてありがとう」と思えていました。

彼女が生まれて来た意味

彼女の障害の特徴は、一言で言えば「社会性が低い」ということにあります。他者の感情を理解したり、場の空気を読んだりすることが苦手で、一人でいるのが好きで、今もほとんど家で過ごしているんですね。

誰かに迷惑をかけることもないですし、彼女の存在は私たちを幸せにしてくれていますし、大きな問題はないので、彼女が過ごしたいように過ごすのが一番よいと割り切ってはいるのですが、ずっと気にしてきたことがあったんです。

それは「社会参加」ができていないこと。直接的に世の中の役に立つことができていないことだったんです。

多くの人が、誰かの役に立つこと。とりわけ社会の役に立つことに自分の生れて来た意味、意義を見出しているんじゃないでしょうか。社会参加ができていなくて、直接世の中の役に立つことができていない彼女には、生まれてきた意味を見出すことができないのだろうか、と。

このことは、私の人生にとって、とても優先順位の高い課題だったんです。

考えに考えた末行きついたのは、彼女の生まれて来た意味は「energizerのenergizerだ」ということでした。

energizer(エナジャイザー)とは、動詞energize(活力を与える)に -er が付いて「活力を与える人・物=活力源」という意味です。

energizerのenergizer

自分の肩書は、自分が経営している組織変革コンサルティング会社の「代表取締役 energizer」です。


energizerとは上に書いたように、「活力を与える人」という意味ですが、energizerとしての仕事を、次の二つのキャッチフレーズで展開してい


「人と組織に自信と勇気と活力をもたらす」活動を、そして、一人ひとりには「人生に夢と希望とユーモアをもたらす」活動を、『組織変革コンサルティング』と、『管理職向けの研修』と、『エグゼクティブ・コーチング』の3つの柱で展開してきましたし、これからもしていきます。

では、energizerである自分の一番のenergizer(活力を与える人)は誰なのか?と考えてみますと、それは間違いなく、「家族」。妻と娘なのであります。

今回は娘の話題なのでありますが、自分は、娘というenergizerに活力をもらうことによって、energizerとして、たくさんの人と組織に自信と勇気と活力をもたらす活動をし、たくさんの人の人生に夢と希望とユーモアをもたらす仕事ができていると自信を持って言うことができます。

そのように考えますと、我が娘の肩書は「energizerのenergizer」です。
私というenergizerを通じて、彼女は十分に社会に貢献しているんだと思うんですね。
彼女には、こうした間接的な概念を理解することは難しいかもしれないんですが、諦めずに伝えていきたいと思います。

ある時から、自分の中に「自分をenergizeしてくれる娘の分まで、世の中の役に立とう」という意識が芽生えていまして、これからも頑張っていこうと、かなりエネルギーに満ちていただけに、このたびの病気は重ね重ね残念です。復活したら、心新たに頑張ります。

実務でも役に立っている

「energizerのenergizer」として、その存在だけで十分役に立っていたのですが、画期的なことに数年前から実務の面でも、役に立っています。これは、本当に奇跡的なできごとで、何事も「決して諦めてはいけない」ということを、誰にでも「眠っている才能と可能性」があるんだ、ということを教えられました。

ひょっとしたら興味を持ってくれるんじゃないかと「PowerPoint」のマニュアル本を渡しておいたところ、しばらくは放置していたものの、ある日突然スイッチが入り読破。一通りの操作ができるようになったんですよ。

【たくさんの付箋に奮闘の跡が現れてます】


今では、手書きで構想した私の図を清書してくれたり、クライアント向けの資料の下ごしらえをしてくれたり、私が仕事のために読んだ本の大事なところ(要約)を整理してくれたり、戦力になってくれています。

「energizerのenergizer」としてばかりではなく、実務の上でも私のenergizerとしての仕事を手伝ってくれていることを考えると、私と一緒になって「たくさんの人と組織に自信と勇気と活力をもたらす活動」と「たくさんの人の人生に夢と希望とユーモアをもたらす仕事」をしていると言えるんですよね。

彼女も、毎日仕事をして、月給をもらい、夏冬の賞与をもらうことの喜びを感じてくれているようです。

【昨年の冬の賞与の授与式です】

今のところ、家の引きこもり気味ではあるのですが、まだまだ「可能性」を諦めず、何らかの形で直接「社会参加」できる道を、これからも探っていきたいと思っています。

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